これは、読むだけで大丈夫な回です。型の力の記事で書いたアニメ動画が、実は最初、まったくアニメらしくなかった——そこからどうやってアニメになったか、という話をします。
最初は、紙芝居だった
1本目の動画の、いちばん最初の版を正直に言うと、キャラクターがいませんでした。板(スライド)の上に文字と図が出て、そこに声が乗るだけ。間違ってはいないけれど、無機質で、平べったい。紙芝居です。
そこから少しずつ足していきました。キャラクターの絵を置く。ふわふわ動かす。セリフに合わせて歩かせる。一歩ずつ良くはなるのですが、どこまで行っても「動く紙芝居」でした。世の中で見かけるAI動画のデモとは、明らかに何かが違う。
「届いていない」と、言ってみた
そこで私は、AIに不満をそのまま言いました。世間の仕上がりに、うちはまだ届いていない、と。
調べて分かったのは、意外なことでした。差は、道具ではなかったのです。道具を替えなくても、頼み方の「段階」が違っていました。具体的には、三つ。
- 速さの設定ではなく、品質の設定で頼む(試作は速く、本番は品質で。使い分ける)
- お手本(型の力の記事で書いた「参照」)を、1枚ではなく複数枚渡す。二人のキャラクターの決定稿に加えて、カフェの店内の絵も毎回添えることにしました。どのカットでも、同じ店の中にいてもらうためです
- カメラの動きを、言葉で先に指定する。「ゆっくり近づく」「静止」のように、カットごとに一つ
この三つに変えたら、私の目には、テレビアニメと見比べられる水準のシーンが、一発で出ました。道具は同じまま、です。
アニメの文法を、真似た
もう一つの発見は、カット割りでした。カット割りとは、映像をどこで区切って、何を映すかの設計のことです。
紙芝居時代の私の動画は、一枚の画面の中で全部が起きていました。でも、本物のアニメを見ると、そうなっていません。話す人が変わるたびに、画面が切り替わっているのです。話している人の顔に寄る。次の人に切り替わる。ときどき、二人を一緒に映す。この「寄り」と「二人」の行き来——切り返しと呼ぶそうです——が、会話をアニメらしくしている正体でした。
だから、セリフ1行につきカットを1つ、を基本に割り直しました。さらに、セリフに合わせた芝居も注文しました。「ひとつだけ」のセリフでは指を1本。「3つ書き出して」では指を3本。「〜かなあ」では頬に指を当てて首をかしげる。驚いたことに、言葉で頼んだとおりの芝居が、ほぼそのまま出てきます。
差は、文法だった
平べったい動画をアニメにしたのは、高い道具でも、絵のうまさでもありませんでした。品質側で頼む、お手本を複数渡す、カメラを言葉で決める、セリフごとに画面を切り返す——アニメがずっと使ってきた「文法」を、こちらが知って、注文に入れることでした。
私がやったのは、「届いていない」と不満を言うことと、「セリフに合わせて画を変えたい」と注文を出すことだけです。文法そのものは、AIとの実験で見つけてもらいました。不満と注文は人の仕事、方法探しはAIの仕事。この分担は、動画でないお仕事でも、たぶん同じです。
