これは、読むだけで大丈夫な回です。前の記事の続きで、アニメ動画づくりの「任せ方」の話——うまく任せられた所と、あえて任せなかった所を、両方書きます。
セリフの音声を、渡してみた
アニメらしさの仕上げは、口でした。キャラクターが話しているのに口が動いていないと、どうしても人形劇に見えます。口の動きをセリフに合わせることを、リップシンクと呼びます。
やり方は、拍子抜けするほど簡単でした。カットを頼むときに、そのカットのセリフの音声を、一緒に渡すだけ。声の記事で書いた方法で作っておいた音声です。それだけで、口が、セリフに合わせて動き出しました。
表情まで、演技した
驚いたのは、その先です。
「答えられなかったんです……」という、しょんぼりしたセリフの音声を渡したカットで、キャラクターは口を動かしただけではありませんでした。困り顔になって、汗マークまで浮かべたのです。セリフの感情を汲んで、表情で演技をした。こちらは頼んでいません。
一つだけ、種明かしを。渡した音声そのものは、できあがった映像には入っていません。だから、あとで組み立てるときに、同じ音声を自分で重ねます。AIには口と表情の演技をしてもらい、声そのものは、こちらで整えたものを使う。結果として、声の質も演技も、両方の良いとこ取りになりました。
書いたものは、描かれてしまう
うまくいった話ばかりではありません。頼み方の失敗も一つ。
「散らばった点を見上げる」という場面説明を書いて頼んだら、画面に黒いモヤが実際に描き込まれて出てきました。「散らばった点」を、目に見える物として律儀に描いてくれたのです。書いたものは、描かれる。気分や状況のつもりで書いた言葉も、絵の注文として読まれます。それからは、あとで別の物を重ねる素材には「背景には何も浮かべない」とはっきり書くようにしました。
文字と図解は、任せない
そして、あえて任せないと決めた所が二つあります。文字と、図解です。
映像の中に文字や図をAIに描かせると、細部が崩れます。ふつうの絵なら多少の崩れは味ですが、サイトの住所や、「3つ書き出す」という行動の指示や、記事の内容を伝える図は、一字も、一本の線も、崩れてはいけません。この動画の役目は記事への案内なので、そこが崩れたら全部が台無しです。
だから、文字と図解だけはAIの生成に頼らず、自分のパソコン側で描いて、映像の上に重ねています。本物の解説アニメも「会話の場面」と「図解の場面」を切り替えて作られているそうなので、恥じることでもなさそうです。
線引きの物差し
任せる・任せないの線は、「AIが上手かどうか」では引きませんでした。崩れてはいけないものかどうか、で引きました。
表情の演技は、多少ゆらいでも味になる。だから任せる。文字と図解は、崩れたら嘘になる。だから任せない。口も表情も任せられる時代に、任せない所を決めることのほうが、選ぶ仕事になっていました。
