これは、読むだけで大丈夫な回です。AIを据え付けたお宅に、最初のトラブルが来た日の話をします。
半分だけ、つながらない
三週間ほど前、知人のAさんのパソコンに、私が使っているのと同じ仕組みを据え付けました。据え付けの日で書いた、あの作業です。
その日、Aさんの家のインターネット回線が新しくなりました。今より十倍速いという触れ込みの、最新のものです。工事は終わり、パソコンもスマホもつながった。ところが——半分だけ、つながらない。
検索は使える。ある通販サイトには入れる。なのに、大手のポータルサイトが開かない。仕事で毎日使っているチャットの連絡ツールも開かない。声で入力する道具も動かない。
これがいちばん、たちが悪い状態です。全部つながらないなら「壊れた」と分かる。半分つながるから、「自分が何か間違えたんじゃないか」と思ってしまう。
「どこを間違えたのか」が分からない
Aさんは、こう言っていました。
「自分が何か間違えたんじゃないかって、どうしても思うじゃん。でも、どこを間違えたのか分からないんだよ」
これは、初心者の苦しさの核だと思います。間違いを指摘されるのはつらくない。間違えたかどうかも分からない状態が、いちばん人を消耗させる。
しかも、こういうとき頼れる先は多くありません。窓口に電話しても、なかなかつながらない。つながっても、症状を説明する言葉がない。「一部のサイトだけ開きません」では、原因にたどり着けません。
AIと二人で、切り分けた
Aさんは、据え付けたAIに相談しました。画面を写真に撮って貼りつけ、状況を話し、言われたことを試す。それを何度か繰り返します。
そして、その夜のうちに、原因はここまで絞られました。
- 通信には新しい通り道と古い通り道の二本があり、サイトによってどちらを通るかが違う
- Aさんの家は、新しい道は開通しているが、古い道への「乗り換えトンネル」がまだ通っていない
- だから、新しい道に対応したサイトだけ開き、古い道しか持たないサイトが軒並み開かなかった
- 機械(ルーター)側の設定は、更新まで含めてすべて正しく完了している
- 残る原因は回線会社側の開通処理で、これは待つしかない
AIは、最後にこう書いていました。
「原因は回線側の反映待ちで、あなたのルーター設定は完璧です。これ以上いじると、せっかく正常な設定を壊しかねないので、設定はもう触らないのがおすすめです」
そして、寝る前にやること(機器を三十分休ませてから、順番に電源を入れる)と、翌朝の確認方法と、もし翌朝もだめだった場合に電話で伝える文面まで、用意していました。
直っていないのに、明るかった
このあとAさんから電話をもらったのですが、問題は、まだ何ひとつ直っていません。それなのに、声が明るいのです。
「原因が分かるっていうのは、嬉しいよ。設定は問題ないのでもういじらないでください、って言ってくれたのが助かった」
私は、ここが今回いちばん書き残したかったところです。
トラブル対応の値打ちは、直すことにあると思われがちです。でも実際に人を救っていたのは、その手前の三つでした。原因が特定されたこと。自分のやったことが妥当だったと確認できたこと。次の一手が決まったこと(今夜は待つ。だめなら電話。文面はもうある)。
この三つが揃うと、直っていなくても人は眠れます。逆にこれが無いと、直るまでずっと、自分を疑い続けることになります。
「もう触らないで」も、処方箋
もうひとつ。AIが出した答えのうち、いちばん効いていたのは「もう触らないでください」でした。
不安なとき、人は何かせずにいられません。設定をいじる。元に戻す。また変える。そうやって、正しくできていたものを自分で壊してしまうことがあります。
やることを教えるのが助言なら、やらないことを決めてあげるのも、同じくらい大事な助言です。専門家がそばにいる価値は、たぶんこちらの側にもあります。
電話をかける前に、説明書を作らせる
もし翌朝もだめだったら、窓口に電話することになります。ここでもAIは仕事をしていました。電話で言うべき文面を、先に作ってあるのです。
「新しい道はつながるが古い道だけつながらない。機械側は必要な設定を取得できているので、回線側の開通処理を確認してほしい」——素人がこう言えれば、窓口の担当者も一度で状況をつかめます。
「電話が苦手」の正体は、多くの場合、状況を言葉にできない不安です。そこはAIが埋められます。電話をかける前に、AIに説明書を作らせる。これは今回見つけた、新しい作法でした。
事業をしている人なら、これは時間の話になる
Aさんは会社勤めの人ですが、これがもし自分で事業をしている人の家だったら、と考えました。
回線が半分死んでいる状態は、メールが届かない・決済が通らない・予約が取れない日が続くということです。原因が分からなければ、その状態が何日も続きます。窓口はつながらない。自分では切り分けられない。
トラブルの本当のコストは、直す費用ではなく、止まっている時間です。 それが一晩で「あとは待つだけ」に変わるなら、月々の道具代は、たぶんその一晩で元が取れています。
売り物に書いていなかった価値
私がAさんに据え付けたのは、文章や資料を作るための道具でした。書類が早くなる、記録が残る——説明したのは、そういうことです。
回線トラブルの切り分けができます、とは一言も言っていません。
それでも、いちばん効いたのはそこでした。据え付けたのは道具ではなく、その家に住み込んだ、相談できる相手だったのだと思います。困っていない月には見えず、困った日にだけ姿を現す種類の価値です。
〔その後〕十六日たっても、まだ直っていません
この記事を書いたのは、トラブルが起きた夜でした。それから十六日後、Aさんに会って、聞きました。
まだ、つながっていません。
半分だけつながる状態のまま、Aさんは暮らしています。見たいサイトがあるときは、スマホの回線で見る。それで済ませている。
驚いたのは、Aさんが少しも困っていなかったことです。その日、私たちは三時間以上、机を並べて別の作業をしていました。回線の話が出たのは、最初の数分だけでした。
「結局、こっちは何も悪い状態じゃなくて、未開通だった。それだけの話で終わったんですけどね」
### 最初は、自分のせいだと思っていた
「それだけの話」になるまでに何があったかを、Aさんの言葉で書きます。
「何の知識もない素人が、いきなり十倍の回線を入れようなんて言って飛び込んで。IPv6だの、IPv4だのと言われても何も分からないような人間が、そういうのを入れてみたから、支障が出ちゃって」
これが、最初にAさんが思ったことです。原因は自分だ、と思っていました。
「普通だったら心細くて、この先どうなっちゃうんだろう、という状態です」
窓口のことも言っていました。
「大きな会社は、電話が簡単につながらない。『なんとかの場合は2を、なんとかの場合は3を』でどんどんたらい回しにされて、挙げ句の果てにたどり着くのが、チャットで問い合わせしてください、みたいな。そんなのばっかりなんで」
### 効いていたのは、直す力ではありませんでした
十六日たっても直っていないのですから、AIは何ひとつ直していません。 それでもAさんは、こう言いました。
「唯一ね、そのAIがずっと『あなたのやってることは完璧なので、問題ありません。あとはもう向こうの問題です』と、ちゃんとやってくれたので。そこがすごく、安心感があって」
「なんだか、とんでもない人がうちに一人いるような。何でも知っている人がうちにいる。そんな安心感があります」
この記事のタイトルは「直っていないのに、安心した夜」です。書いたときは、一晩の話のつもりでした。
十六日もつとは、思っていませんでした。
直っていない状態が十六日続いても平気でいられるなら、あの夜に効いていたのは、直す力ではありません。「あなたは間違えていない」と、言い切ってもらえたことです。
### 正直に、ひとつ書いておきます
このときAIに相談できたのは、たまたまAIのサイトが「つながる側」だったからです。もし反対側だったら、この話は成立していません。
据え付けたAIは、万能の保険ではありません。それでも、つながってさえいれば、あの夜の三つ——原因が分かる/自分は間違っていない/次の一手が決まる——は届きます。 私が書き残したかったのは、そこです。
【note実践版へ】
この回の実践版(noteで公開)では、実際の切り分け手順を書きます。画面の撮り方と貼り方、AIに何と頼んだのか(実際の日本語)、どこで原因が絞れたのか、電話用の文面の作り方。そして「会話はどこに残るのか」——実は今回、いちばん最初のつまずきはトラブルそのものではありませんでした。その話も、実践版で。
