これは、読むだけで大丈夫な回です。
絵と動画の次は、声です。文章を、声にできる。ナレーションも、二人の掛け合いも。今日は、その使い分けと、つまずきの話です。
主力の声と、自分の声
私は、声を二つに分けて使っています。
- 本人の声が要らない場面……日本語がネイティブで、誤読が少なく、権利のきれいな道具(買い切りで、たくさんの声が入っているもの)を主力にしています。ナレーションや、掛け合いは、これで。
- 自分の声が要る場面……そのときだけ、自分の声をAIに覚えさせます(クローン、といいます)。数十秒の録音から、自分の声で読み上げてくれるようになる。(ただし、完全に本人と同じには、なりません。八割から九割、というところです。)
ふだんは主力の声で、自分の名前で出すときだけ自分の声。そう分けると、迷いませんでした。
人の声は、鍵と同じで、慎重に
一つ、重い話を。自分の声だけでなく、人の声を覚えさせることもあります。
これは、人の鍵を預かる記事と、まったく同じ作法にしています。本人の録音協力を得て、使う範囲を約束する(その人の案件だけに使う・公開する前に必ず本人に確認する)。人の声は、その人そのものです。便利だからと、軽く扱ってはいけない。ここは、いちばん慎重にしています。
ここでも、台本だった
AIの声は、そのままだと、抑揚が不自然になったり、読み間違えたりすることがあります。たとえば「星へ」の「へ」を、本来の「え」ではなく、文字どおり「へ」と読んでしまう(これは、とくに自分の声のほうで出ました)。
直し方を、私はいろいろ試しました。でも、行き着いたのは、動画の記事と同じ結論でした。細かい音程を指定するより、話し言葉で書くこと、そして感情を一言そえること。抑揚は、機械の設定より、台本の書き方で作れました。
(誤読しやすい言葉だけは、音声用に読み方を開いておく、といった小さな工夫もあります。そこは、AIに直してもらいます。)
語る中身は、人が決める
声も、AIに手伝ってもらえるようになりました。読み上げも、掛け合いも。
でも、絵や動画と、同じでした。何を、どんな言葉で語るのか。そこだけは、道具ではなく、人が決める。声を借りても、語る中身は、自分のもの。そう思って、使っています。
